仕事

2007年12月20日 (木)

ふれあい

今日は回診が終わった人から、
談話室で折り紙をみんなで行うことにしました。

年配の方は、孫の面倒を見るように。
中年代の方は自分の子供の面倒を見るように。
それぞれが、楽しい時間を過ごせていたらいいと思います。

何かの縁で、こうして同じ釜の飯を食い、
1つの建物の屋根の下で、生活を共にしているのです。
限られた空間の中で、どれだけ有意義に過ごすか、
「楽しい入院生活だった」と振り返ってもらえたら、一番素敵だと思う。

今日は、昨日ズミさんに質問されたキャップのことを
折り紙遊びの締めくくりに話をしました。
この中に居る人とは絶対に限らないけど、
もし、この中にBoom!を聞いてくれている人がいたら素敵だと思って、
知らない誰かさんに、お礼を言いました。

さて、毎日楽しみの昼食ですが、
今日は検査があるので軽めに!と言うこと。

「昼食軽め」って、どんだけ~~~~!

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2007年12月19日 (水)

お仕事

患者だからと言って、
臨時職員として採用してもらっている以上、
早速お仕事です。
今朝は、談話室でみんなと一緒に食事を取りました。
ちなみに、ちゃんと白衣姿です。
まさか私を患者だとは思っていないでしょう。

「先生、朝なんだから、もっといい物食えばいいのに!
ここの飯じゃ、力が出ないよ!」とおじいちゃんからアドバイス!

「家で一人で食べることを考えたら、皆さんとの食事のほうが、
比べ物にならないくらい楽しいですよ!」と返すと、にっこり笑ってくれた。

午前中は各部屋に挨拶をしながら回った。
小さなスペースだけど、ベット周りを観察することで、
その方の生活習慣などが見えてくることがあるので、
私は呼び出してのカウンセはよほどのことが無い限りしないことにしている。

ここは、色んな科が混在しているので、重症の方もいるが、元気に退院していく人がほとんどだ。

今日は子供達とお絵かき大会!
子供の絵は、使う色や書いたものの内容で状況が分かることが多い。
ほとんどの子が、お父さんだったり、お母さんだったり、兄妹やペットのことを書く子ばかりだった。
とっても寂しいんだろうと思う。

明日は、折り紙をやろうと思う。

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小さな体に大きな心の傷

消灯を過ぎて、1時間後の22時。
看護師がバタバタして子供の泣き声が聞こえました。

私がナースコールで確認すると、
整形に入院中の幼稚園年長さんの女の子が、
怖い夢を見たようで泣いてしまい、相手をしているのだという。

私は白衣に着替えて、道具箱を持って病室へ急ぎました。

彼女から話を聞くと、自動車事故によって怪我をし、ここに入院をしているそうだ。
車に引かれたときのことが、相当怖かったらしいのだが、怖かったことを話すのも怖くて出来なかったようだ。
ズバリ思い出したくないのに、思い出してしまって、心のやり場が無いのだ。
子供とはいえ、嫌な思いでも吐き出させなくてはいけないこともある。
私は、彼女のベットに入り込む。肩を抱きとことん話しを聞いて、泣いてすっきりさせる。
その後にスタンバって入るのは「アルフレッド」。
白い犬の手人形。
このアルフレッドを使って3人で話しながら、絵本を読む。
ちなみにこういうときは、彼女の知らない話をする。
最後まで読み終わる前に泣きつかれて眠ってしまう子もいるが、
彼女の場合は、別のものに興味を引かせ、怖い記憶を一時的に消してしまう。そして2冊目に読むのは定番のお話。そのうち子供は、知っている話に飽きて睡魔にも叶わなくなって、深い眠りに着くので、途中で起きることがほとんど無い。

とっても素直でいい子だ。
きっと、とっても怖かったのだろう。
こんな小さな体で、車と戦ってしまったのだから。

今部屋に戻ってきて、書き込んでいます。
0時の見回りに来た看護師にお礼を言われ、立て続けに夜更かしを怒られちゃいました^^;

何か、もう治っちゃったみたい!
早く帰りたいな!(ルン)
自由がいいな!(ルンルン)

早くラジオ、始まらないかな!

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2007年11月25日 (日)

最後のお別れ

先ほど(11月24日)、一人の男の子が亡くなりました。
私が仕事を始めたときから入退院を繰り返していたH君。
とてもイタズラ好きで、ユーモアのセンスがある子でした。
私は彼に何度スカートめくりをされたことか(笑)
9歳の男の子にスカートめくりをされる30(歳)台のオバちゃん!

このH君は私が先日キャップを持って日本へ一時帰国したことを聞き、
お小遣いからペットボトルのジュースを買い、2日かけて飲み干した。
私が院に戻るとH君は私に「これあげる」とキャップを渡した。
そのときの彼の姿を、私は異常に覚えている。
とても自慢げに、でも恥ずかしそうに、そしてたくましくも見えたからだった。

彼は、その日を境に年下の子供達の面倒もよく見るようになった。
私が教える折り紙に、できない子がいるとすぐ気が付いて、一つ一つ丁寧に教えていった。
この1週間は院内もとても静かで不思議なほどでした。
今日はとても綺麗な満月の夜。
ここへ来て、こんなに穏やかな時間は記憶に少ない。

本勤務も終わり、少し横になろうと仮眠室へ。
夢の中で呼ばれたのか、現実で呼ばれたのか、良く分からないまま、
私は走り出していた。

走りながらだんだん目が覚めていき、たどり着いたのはICUだった。

医師団が囲んでいたベットにはH君が。
すでに意識は無かった。
お父さんが入室し、何度も声を掛け始めた。
「まるこ先生も来てるよ、目を覚ましなさい」と呼びかけることしばし。
彼は目を開けた。奇跡的に持ち直した。
ほとんどの子供は体力が無いせいか、意識がなくなるとそのまま・・・と言うケースがほとんどだった。
なので、私はH君にお別れを言うことができなくて、悔いが残っていた。
だから、持ち直してくれて本当に良かった。

H君はとても穏やかでした。
「まるこ先生。ぼくのキャップ、ズミさんにちゃんと届けてね。
世の中には一人で死んでいく子供がたくさんいるんだって。知ってる?!
ぼく勉強したんだよ。ぼく、ここへ来て友達がたくさんできた。だからぼくは一人じゃないんだ。幸せだね。怒られることばかりして、よくない子だったから病気になったと思ってた。パパはぼくのことでいつも隠れて泣いてたの知ってるんだ。ぼくは最後まで悪い子かな?
まるこ先生は日本の話をたくさんしてくれたね。ぼくの夢は日本に行って富士山を見ることだよ。次は必ず行くんだ。そして、たくさんの人を楽しくさせる仕事をしたい。ぼく人の役に立てた?良い子にしたら天国に行けるかな?ちょっとだけ先に行ってるから、また折り紙教えてね。面白い話もたくさん聞かせてね。」

これがH君と私の最後の会話となり、持ち直してからわずか2時間余りでお別れとなりました。

今夜は本当に綺麗な満月の夜。
彼は眠るようなとても穏やかな最期でした。
私は泣かないで、彼を見送った。

でも今の私は、ボロボロです。
それを分かっているのか、仮眠室には誰も来ない。

今週で私は日本に帰る。
H君がここでの私が見送る最後のお別れの人となるのであろう。

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2007年6月15日 (金)

その時が。

今日は雨。

暖かい雨の日。

夕方、少し早い夕食を取って久々に屋上へ。

雨だから、誰もいないだろうと思って上った。
ポケットからチョコレートを1つ、口に含んだ。
甘くて、たまらなくおいしい!^^
チョコレートって、こんなにおいしかったかな?って感じるほど。

すると「クスクス」笑い声が。
Wさんでした。

私のチョコを食べる姿が、相当面白かったらしい^^;

W:「そんなにおいしかったの?凄く幸せそうな顔してたから!^^」
慌てて、もう1つあったチョコをWさんに差し出すと、
雨が降らない場所なのに、何か私の上からこぼれ落ちた。

チョコを取ろうと、かかんだWさんから鼻血が・・・

彼は必死で鼻血をぬぐった。
たいしたことないのに、その動揺はすぐに分かった。

彼は、この鼻血の意味を知っている・・・
病状が進行していることを、認識したのだと思った。

Wさんがお気に入りだった、この屋上と外来ロビー自販機前のスペースは、
この瞬間から遠い場所となってしまった。

慌てることもなく、止血をして落ち着いたところで部屋へ移動。

その途中、Wさんは私の背中を大きな体でそっと抱きしめた。
驚いた。本当に驚いた!!
私のこめかみに、彼のほっぺがギュってして、彼の鼓動が感じ取れる。
その鼓動はドキドキなんてしていなかった。

どうしていいのか分からなかった。
こんな時に改めて、自分の体の小ささと、Wさんの身長の高さを感じた。

彼は「大丈夫。頑張る」と一言。
そして、グッと強く抱きしめられた。

私は、彼の腕を掴んで
「そうだね!Wさんがその気合なら大丈夫。一緒に頑張りましょう!」といった。
どのくらいの時間だったんだろう。
今まで、こんなことなかったし、もちろんされたことなんてない。
でも、嫌ではなかった自分がいて、そんな自分がとても嫌だった。

私の声は雨の音で聞こえなかったかも知れない。

先ほど早々、彼の部屋にクリーンルームの準備がされた。

これから彼の病室に行って、今夜は彼に付き添おうと思います。

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2007年6月 2日 (土)

戦士と戦場

6月に入った。

毎日、私はどのくらい寝ているんだろう?

この10日間で一番長い連続睡眠は約4時間。
それが3回あったかな?

後は、本当に仮眠だけ。

大変だけど、辛いとは思わない。
だって、ここは戦場なのだから。

生死をかけた戦士達がいる戦場。

私より辛い人たちばかりの中で「辛い」なんて言っていたら、何も出来ない。
そして、私の中に「後悔」の2文字がずっと残ってしまうと思う。

みんな、「今日」と言う日を、精一杯生きている。

「生きてるだけで丸儲け!」よく言ったものだ。

辛いけど、諦めないでがんばれ!

だって、明日「完治する」治療方法が見つかるかも知れないのだから!

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2007年5月30日 (水)

気が付けば・・・

すっかり、暖かい季節となりました。

夜、外に出るとまだ肌寒く感じることもあるけれど、
そもそも、着ている物の素材や量が違う。

何も分からないまま韓国に来たけれど、みんなの協力があって
何とか今日に至ります。

私がここへ来て、もう2ヶ月。

そして、私の韓国語も少しは上達してきたのかな?!

韓国は世界で一番就業時間が長い国になるんだそうです。

ちなみに、私の業務は根本的に就業時間が決められなくなっていた。

この2ヶ月でナースシューズが1足つぶれた。

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2007年5月18日 (金)

輸血

世界中の医療で一番必要なものは、
「安全な血液」。

特に治療で使用される内容の5割が「癌(ガン)」にあてられている。

冬になると、献血数が減り、血液が不足することが多い。

この病院でも、全般的に血液ストック量が減ってきている。
そのため、輸血が受けられず苦しい闘病生活を送っている人も少なくない。

その中で、「注射」に恐怖を感じる子供はとても多い。
もちろん大人だって、嫌がる人は結構多い(笑)
強面の男性が、注射針に異常にビビッている姿は、
かわいらしくて、実は癒されることも有る^^

泣き喚きながら、輸血を嫌がる子。
大粒の涙が、澄んだ瞳からボロボロと、無常にも流れ落ちる。

まる:「涙って何で出来てるか知ってる?」と泣き叫ぶ子に話しかける。
一瞬、私を見て確認すると、また泣き出す。
それなら、こちらもお構いなし!
まる:「今、ここで注射して血を入れてるでしょ!これが体の中を通って、この涙になっているんだよ!」
また少年は「えっ???!」って顔をして、一瞬泣き止むが、
腕の注射管の赤い血液の色と、涙の色が違うことで、
また「嘘だ~~」といわんばかりに泣き喚く。
まる:「嘘だと思ってるんでしょ!、私もそう思ってたんだけどね。でも、本当なんだよ!なのに、泣きながら輸血したら、もったいないと思わない?!泣いた分だけ、輸血が増えるのかも知れないよね!」と言い、その場を離れてしばらくすると、泣き止んで、じっと我慢の子。

やっぱり、根本は注射が嫌なんだよね。
でも、激しく泣いていた手前、急に泣き止むことも出来ない子(笑)

この素直さと、いじらしさが超→カワユイ!!^^v

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2007年5月14日 (月)

幸せの薬

今日は11歳の女の子が天に召された。
とても面倒見の良い、院内ではお姉さん的存在だった。

彼女には、弟と妹が居て、
学校が終わると、毎日のようにお見舞いに来ていました。
化学療法を開始することが決まると、
長かった髪の毛を、
自分の意思で短く切りそろえたのだそうです。

手術を終えてから、しばらくして退院をしていたそうですが、
たった4ヶ月で再発が確認され、また病院に来ました。

彼女は11歳ながら、自らの命がもう長くないことを知っていました。

「まるこ先生、死んだら、私が今思っていることや考えているこの「気持ち」はどこに行ってしまうと思う?」
彼女はとても穏やかに質問をした。

「眠っている時はどう?目が覚めるまで何も分からないでしょ!?
目が覚めるから、眠っていたことに気が付く。だから、次に目が覚めるまで眠るだけ。次に目が覚めるときは病気も治っているし、何も心配することは無いから、ゆっくり休めばいいだけだよ。」
私はそう答えてみた。

私も含めて、最期はみんな「死」に必ず直面する。
彼女には、おとぎ話のような夢話は必要ないと思って、
女同士の話をしてみた。
女の子は、男の子と比べると、現実的で大人なんだと感じた。
年下の兄妹が居た彼女は、特に周りの同級生よりも
早く大人にならざるおえなかったのだろう。

「先生、涙は『幸せになる薬』って知ってる?だから手術のときも泣かないで頑張った。体中が痛くて仕方が無くて涙がこぼれても、その涙を飲み込んで頑張ったよ。私は涙を沢山飲んだから、幸せになれるんだよね?!」

私は彼女の身体をさすりながら、褒めた。
褒めると、彼女から笑みがこぼれた。
お姉ちゃんとして、いつも彼女は兄妹の手本となり「痛い」「辛い」の言葉で両親に甘えることができなかったのだろう・・・。

彼女は「死にたくない、まだ死にたくない。みんなと離れたくない」と言った。
その言葉が、最期だった。
私の命と引き換えてあげられるものなら、いくらでも代わってあげたいと思った。

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2007年4月 1日 (日)

満潮・干潮と命の関係

ここへ来て思ったこと。

潮の満ち引きで人の命が終わることが多い。

もちろんその逆で、新しい命が産まれることも多い。

だから、ここでは15日にごとに出勤人数も調整されている。

今まで単純に綺麗だと思っていた月が、
「綺麗」と言うだけの意味で見られなくなってきている自分がいる。

月を見て、「次は誰なんだろう?」と思ってしまう私。

毎日、悔いの無い日にしていきたい。

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